たいそう気の早い話になりますが、再来年のHK大河ドラマ「天地人」の主人公、直江兼続を妻夫木聡さんが演じることになったそうです。
これを知ったわたしは「‥‥う~ん」という反応だったのですが、時間が経った今では「まあ悪くはないんでないか?」と思っています。
妻夫木聡さんの時代劇といえば真っ先に「憑き神」を思い出してしまい、周りの役者さんがあまりにも芸達者すぎて、彼の演技がいいものに思えなかった記憶があるのです。役の設定も微妙にずれていた感もしましたしね。
それはともかく「天地人」の直江兼続。あまりにも知名度が低いのではないかと案じておりまして、数年前に大河ドラマでやっていた山内一豊よりも低いような気がします;
そこで戦国時代好きなわたしがちょっくら紹介を。
直江兼続は1560年、新潟県魚沼郡生まれ。名前は樋口与六。小さな頃から頭の良い少年だったようで、上杉謙信の姉である仙桃院に見込まれて、息子景勝の近習にとりたてられます。数年後、仙桃院の夫が亡くなり(謙信による謀殺説アリ)、母子ともに謙信の元に移ったので、自然と兼続もそちらに移動。謙信は甥である景勝をずいぶんと可愛がったらしいので、その近習である兼続と接する機会も多かったのでしょう。しかも兼続は眉目秀麗で頭脳明晰。この時代なら、言わずとも結果は明白でしょう‥‥。
その後は謙信が亡くなったり、武田家が滅んだり、信長に攻められたりしましたが、景勝&兼続主従は秀吉に気に入られ、越後から会津120万石に移った際に、兼続はその1/4、30万石を拝領していたとかいないとか。
秀吉が亡くなって徳川家康が実権を握り、会津にいた上杉家にいちゃもんを付けた時は「都会の武士は茶道具を集めて喜んでいるが、我々は田舎侍だから武器を集めているだけだ。そっちがケンカふっかけるなら受けて立つぜっ!」的な気分爽快な返事を返しております。(直江状と言いまして、本来はもっと堅苦しい文章です。) これに家康がブチ切れて会津征伐→石田光成挙兵→関ヶ原と進んでいきます。
だれもが嫌っていた石田光成と兼続は仲良しだったらしいので、二人が共謀して家康を挟み撃ちにする作戦を立てていた、という説もありますが、ワタクシ的にはちょっと無理がある気がします。面白いですけどね。
関ヶ原で西軍に属していた景勝&兼続ですが、上杉家は取り潰しになることはなく、米沢30万石に減封されました。
当時の人達が兼続をどう評していたかといいますと「大男にて、百人にもすぐれたるもったいにて、学問詩歌の達者、才知武道兼ねたる兵なり、恐らく天下の御仕置きにかかり候とも、あだむまじき仁体なり」、「長高く姿容美しく、言語清朗なり」です。
要約すると兼続は、身体強健、頭脳明晰、眉目秀麗、文武両道に秀いでていた名将、知将、謀将!
がんばって美辞麗句を並べました、ってくらい良い言葉が並んでいますけど、資料にしっかり書いてあるのである程度は信憑性があるんじゃないかと思います。
さあ、諸君! かっこよい妻夫木兼続を想像して再来年の大河を楽しみに待とうではないかっ!!
‥‥来年は「篤姫」です。いちおう言っておかないとね;
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