おにぎり
この数日間、心が上がり下りの激しい日々を過ごしておりました。
そんな時は大好きな日本史の小話を。
2回連続なので、興味のない方は素通りしちゃってくださいませ。
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先日ニュースを見ていたら、新潟県妙高市籠町にある鮫ヶ尾城跡から戦国時代のものと思われる「焼けたおにぎり」が出土した、というのを耳にしました。
日本史にそれほど興味のない方はおそらく「焼けたおにぎり」に反応するのだと思いますが、わたしは「鮫ヶ尾城」に反応して、にやりと妄想スイッチがオンになってしまいました。あは。
この鮫ヶ尾城は、上杉謙信の跡目をめぐって起きた御館の乱で、敗れた上杉景虎が自害したお城なのです。この時、城に火をかけられているので、おそらくおにぎりはこの瞬間のものだと考えられます。
で、上杉景虎。彼は先年の大河ドラマにも登場していた北条氏康の子供です。名前は北条氏秀。武田信玄、今川義元と結んでいた三国同盟が決裂したあと、氏康は謙信と越相同盟を結びます。その際の人質として彼は謙信の元へ赴くのですが、氏秀はたいそうな美男子だったらしく、姪っ子を妻として与えただけでなく自身の名乗り名であった「景虎」を継がせ、養子にまでしております。
謙信にはもう一人養子がいまして、それが姉の子である景勝です。謙信が後継者を指名しないまま厠でぽっくり逝ってしまったので、景虎と景勝が争ってしまいます。どちらも平等にかわいがっていたのでしょうが、それがまずかったわけです。
結局、景勝が勝利を治めて景虎は自刃。ここで「おにぎり」につながるわけです。
このおにぎりは、雑穀が混ざっていない白米だけでできているとのことで、ニュースを伝えたアナウンサーは「当時としては高級品ですね」と言っていましたが、上杉家では白米のおにぎりが戦場で出ることは、それほど珍しくなかったんです。
「お立ち飯」といいまして、出陣前(特に総攻撃の前)にありったけの白米を炊き、山海の珍味を並べて、すべての将卒に痛飲大食させたそうです。死ぬ気でやれ、ということだと思うのですが、あまり食べ過ぎると逆に動くのが億劫になりそうな気がしないでも‥‥。
おそらく景虎は残り少ない白米を炊いて、最後まで戦おうとしたのだと思います。
その証のような「白米のおにぎり」が出土したことが、なぜだかとても寂しく感じてしまいます。(ああ、結局気分は下降してしまった;)
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