大河ドラマ3
篤姫。
いやはや、本当におもしろくてびっくりしてます。
前回の放送では肝付尚五郎が小松清猷(きよみち)宅を訪ねたのに、次々と邪魔が入って言いたいことが言えないところや、尚五郎と篤姫が対面して、篤姫が幾島のことを「怖いでしょ」と言った時のお互いの表情などがとてもあたたかくて、おもしろかったです。
以前ここで、上級武士は標準語、西郷さんや大久保さんなどの下級武士は薩摩弁と区別しているんだなーということを書きましたが、どうやら実際にそうだったみたいです。わたしもへーと思ったので、ちょこっと書いてみますね。
1813年に、島津家25代当主が江戸で幕臣たちと衝突して「言語の不通は藩の外聞にかかわる」と言葉を正すように求めたそうです。江戸城では方言が通用しないため平素から標準語に慣れておく必要があったことが理由ですが、30代当主の頃には磯邸(鹿児島の屋敷)では標準語が交わされていた、と記録があるくらい浸透していたらしいです。
篤姫の父・島津忠剛も8歳から19歳まで江戸で育っていて、その後江戸に詰めたこともあったらしく、篤姫が標準語をしゃべるのはあたりまえなんですよね。養育係が下級武士の出だったため多少薩摩言葉がまじっていた、という設定ですが、養女になってから急に方言を使うようになった気がしました。それはそれで楽しかったですけどね![]()
これを知ってしまうと、数年前にフジテレビでやっていた「大奥-第一章-」で、菅野美穂さんが上手に方言を使っていたのは間違っていた、ということになりまして、ちょっとショックです。本当にお上手だったんですもの。
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